近所の商店街から、買い物袋を一杯にしたアルが現れた。今日はスーパーで特売があったのだ。
「研究費が少ない上に、生活費も無いからね、ここは」
研究所で動いているお金の数字が、彼の中で駆け巡る。
「博士達の旅行で、ギリギリだった研究費がさらにギリギリになっちゃったし…しばらく食費を抑えなきゃ」


そんな事を考えているうちに、彼は研究所へと帰ってきた。もうすぐ正午、昼食を作らなければならない。
「本当は水を飲んで、横になって、我慢した方が安くつくんだけど…そういう訳にはいかないよね」
1人しかいない事もあって、施錠には気を遣うアル。彼だってここの研究員だ。ろくに外へ出ないし運動もしない。もし不審者が現われたら、腕っ節で負けるのは確実だ。
「今日はうどんを食べよう。この間テレビで、美味しいだしのとり方をマスターしたんだよね♪」
まっすぐ台所へ向かい、すぐさま鍋で水を沸かし始めるアル。その間に彼は、買い物袋の中身を机の上に並べた。その中から手にしたのは、昆布とカツオ節だった。
「この間はただのお湯で作って、ひたすら『マズイ』って連呼されたからなぁ。博士達がいない今、自由に研究出来るぞ!」
テレビの情報通りのタイミングで、昆布とカツオ節を投入するアル。すると台所に、ふんわりとだしの香りが広がった。
「おー、これが『だし』かぁ。水とは全然違うなぁ」
念のため確認するが、アルはドイツ出身である。彼はここへ来るまで、日本料理など何も知らなかったのだ。『だし』という言葉を知ったのも、つい最近の事である。
「…あ、うどん用意するの忘れてた」
ふとアルは、冷蔵庫からうどんを取るため、ほんの少し鍋から離れた。時間にして、およそ8秒強。目的の品を見つけ、振り返ったその先には…。


「うわぁ!?」
窓に人が張り付いていた。それはもう、カエルのように。正確には、窓枠を片手で握り締め、もう片方で窓を掴むように張り付いていた。アルは、人間の限界の奥深さを味わったような気がした。
「…」
とはいえ、しばらく眺めているうちに、さすがの彼も慣れてきた。この人物が誰か、頭の中で考察出来る程になっていた。
「あの…どちら様ですか?」
カジュアルなシャツにジーンズをまとった、スポーティな少女だった。プルプル体を震わしながら、最初にしゃべった言葉は…。
「お腹…空いた」

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