ここはニコ魔術研究所。それは、清々しい朝に出てきた一言だった。
「旅行に行きたい」
研究所随一のトラブルメーカー・ニコが、急にそんな事を言い出した。朝食を準備していたアルはキョトンとしたものの、彼女が手にするパンフレットに気付き、すぐ我に返った。
「博士、僕らの仕事が何か、覚えてますか?」
「敵キメラを倒しながら世界の平和を守りつつ、ご近所の平和を守るためでしょ? 秘密組織だから、誰も知らないけれど」
「その通り。そんな僕らが呑気に旅行なんて、出来る訳無いじゃないですか」
彼の言う事は正論だった。何せここには、彼ら3人しかいないのだ。1人でも休みがいると、キメラが街を襲った時、まともな活動が出来ないのが実情だ。
「でも私は旅行に出掛けたいの」
ニコはどさりと、机にパンフレットの山を作った。
「だってここヤーパンだよ? 神秘と黄金に包まれた聖地、極東の大地…車にパソコン、電化製品、スシにテンプラ、フジヤマ、ゲイシャ、サムライにマンガにアニメにゲームに何でもござれの! あのジャパンなんだよ?!」
「そうですね。物価が高く、妙な風習にばかり縛られた、過剰包装王国です」
「揚げ足取らないの」
とは言うものの、彼女もそれは感じていた。普通に生きるだけで、どうしてこんなにお金が掛かるのだろうか。『シキキン』『レイキン』の意味は、今も分からずじまい。祖国では、歯磨き粉ですら箱無しで売られているというのに。
「でも、どうせ住むなら、その国を満喫しておきたいじゃない?」
「意外ですね、博士がそんな事を言うなんて。発明さえ出来れば、一生を楽しく暮らしていけるものだとばかり思っていましたよ」
「失礼ね。私だって人間よ? 美味しいものも食べたいし、たまにはおしゃれな服も着たいんだから。でもそれも無理。私達は薄給だから」
「一応、政府所有ですからね、この研究所は」
そのお陰で彼らは、賃貸暮らしをせずにいられるのだ。
「…で、そんな哀れな僕達が、どうやって旅行をするだけのお金を用意するんですか?」
「それは、あの最終手段に決まっているじゃない」
博士は満面の笑みで、きっぱりと言い切った。


「研究費から出せばいいじゃない。今月は少し高くついた事にして」
「!」

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