「すっげぇな、アルファベッツは。噂以上じゃねえか」
ビルの壁を駆け下りながら、彼は素直に驚いた。


マナギ博士の作るアルファベッツは、基本的に1つしか能力を付け加えられなかった。カニのキメラはハサミを持つが、横にしか動けないわけではなかった。カラスのキメラは翼を持つが、カラス特有の頭脳は持っていなかった。
ついこの間殉職したライノは、サイの体にカニの固さを持っていたが、そういった技術は最近になって付け加えられた、ただのオプションだった。
しかし、アイは違う。背中に翼を持ちながら、遠近両用の眼球を持っている。今など、大きな爪が、彼女の靴を突き破って出てきたのだ。
「これは本当に、あのエルミナスを倒せるかも知れないな」
彼がそう楽観視するのも無理は無かった。


「…ん」
不意にエルは、違和感を覚えた。特に理由があった訳ではない。ただ何となく、風の向きが変わったから、遠くから悲鳴のような声が聞こえたから、いつか聞いた羽音が耳に入ってきたから。
気付いた時にはもう、彼女は回避行動を取っていた。いつもより多めに電流を放ち、耳で空を舞う者を確認する。
「間違いない…!」
次の瞬間、エルは横へ吹き飛ばされていた。体当たりだ。全体重をかけた特攻に、彼女は簡単に吹き飛ばされ、アスファルトへ叩きつけられた。
「痛…!」
鋭い痛みが腕を走った。どうやら出血したらしい。しかも血が電流を妨げるため、傷口を確認出来ない。
しかし、音を上げている場合ではなかった。いち早く戦況を確認する事、それが彼女にとって、一番優先する事だった。目が見えないのだから、尚更だ。
「あなたでしょ…いつもそばにいたから、忘れないわ。その翼の音…」
バサバサという懐かしい翼の音色が、エルの鼓膜を刺激する。まるで『過去を思い出せ』とでも言うかのように。
「どこなの…どこにいるの、アイ…?」

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