燃え盛る建物、破裂するカプセル、もがき苦しむ白衣の人々…悪夢のような光景が、また頭の中を駆け巡る。
「こっち!」
救いを求める悲鳴が、憎悪の塊のように思えたあの日…2人の少女は全力で逃げていた。月の無い真っ暗な世界の中、炎が彼女達を照らした。
「急いで、早く!」
連れられていたのは、エルだった。ここで何が起こったのか、まだ理解していないらしい。それでも彼女は、母親を慕う娘のように、外の世界へと導かれていく。
「もうすぐ外よ!」
もう1人の姿は…分からない。何故ならこれは、その少女の夢の話だから…。


「アルさん」
草木も眠る深夜、アルは正義の味方・エルに起こされた。
「まだ2時ですよ…どうしたんですか?」
「ニコが…またうなされているんです」
「すぐ行きます」
普段は笑顔と苦笑の耐えない彼の顔が、途端に引き締まった。彼は女性用寝室へ入ると、彼女の額を撫でた。
「最近はそうでも無かったのですが…」
「無理しているんですよ。自分の弱みなんて絶対に見せないから、博士は」
彼は寝間着のすそで、頬をつたう涙をぬぐった。
「良かった、落ち着いてくれました」
「はい、ただ……どうやら僕は、ここで一夜過ごさなきゃいけませんね」
そう言って彼は、いつの間にかニコに捕まれた手を、エルに見せた。


「それじゃお2人は、お隣さんなんですか?」
ベッドの中で驚くエル。
「はい。博士は昔からこの性格だったので、友達が少なかったんです。だから僕がいつも、面倒を見ていました」
毛布にくるまりながら、アルは答えた。
「しばらく見なくなったと思ったら突然『日本で研究所を開くから来て』なんて言われて…驚きましたよ」
「それだけアルさんに懐いているんですよ」
なおアルに比べて、エルの方が年下である事を、ここで断っておく。


「エルも…」
しばらくの無言の後、アルが口を開いた。
「博士の事を『お母さん』と呼んで良いんですよ?」
「…」
「…寝ちゃったのか」
彼は徹夜を覚悟した。

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