「あなたがそれで良いのなら、私も何も言わないわ」
戦士であるエルにとっても、小間使いであるアルにとっても、それは当たり前の光景だった。遺伝子に刷り込まれている、といっても過言では無いのだろう。日常が戻ってきたのを確認するように、エルはゆっくりコーヒーを味わった。
「あら、今日はミルクが少し多めなのね」
「疲れているかと思ったので」
「ありがとう。人を思いやる才能がある証拠よ」
美味しそうにコーヒーを飲む彼女の姿を見て、アルはホッと胸を撫で下ろすのだった。


「最近、キメラ達の質が落ちてきたわね」
データに目を通しながら、ニコが口を開いた。1日1回行われる打ち合わせが始まった合図だ。
先程エルが戦った相手は、遺伝子組換え人間だ。人間をベースに、カニの両腕を合成したものと考えられる。そんな風に、複数の生物から作られた生物を、彼らは『キメラ』と呼んでいる。
「最近、出動要請が続いているけれど、エルミナスの調子はどう?」
「大丈夫よ。前にも増して、私の体に馴染んできたみたい」
「それならメンテナンスで十分ね」
所長であるニコは同時に、エルの専属メカニックマンでもある。正義のヒロインに不備が無いよう、こうして毎日ヒアリングをしているのだ。
「……それじゃ、今日はもう上がっても良いわ。私はこれから、エルミナスの整備に入るから」
「それなら、私もお手伝いします」
とは言うものの、エルの視力は完全に0である。彼女に出来る事は何も無い。
しかし、今のようなやり取りは、ここでは日常茶飯事だ。ニコはさも当然のように、彼女を整備室へと招いた。
「それじゃ、ハサミ男の話を聞かせてね」
こうした彼女達の活躍があってこそ、人々の生活は成り立っているのだ。


机の上に置かれたコーヒーカップを、静かに集めるアル。こうした彼の活躍があってこそ、この研究所の生活は成り立っているのだ。

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