「ふぅ、この辺りで良いかしら?」
数十メートルの跳躍から着地したエルミナスは、そんな独り言を呟いた。
繁華街から少し離れた所に、その研究所はあった。金属で作られた立派な表札には『ニコ魔術研究所』と書かれている。とはいえ、その外観は普通の研究所のそれだった。
「『解除』」
彼女の一言で鎧は空中へ、まるで霧が晴れ渡るように消えていった。
「…ふぅ」
そこには、淡い色の服に身を包んだ、1人の少女が立っていた。先程までの『勇敢な戦士』とは一変して『か弱い少女』といった雰囲気だった。
彼女はどこからか白い棒を2本取り出すと、それをつなぎとめ、1本の白い棒を作った。それは『白杖』という、視覚障害者が使う物である。それを地面にコツコツとあてながら、彼女は研究所へと入っていく。
エルミナスの正体は、盲目の少女だったのだ。


「あ、おかえり」
研究所では、彼女よりも年の若い少女が、声を掛けてくれた。少女は大きめの白衣に身を包み、イスにどかりと座りながら、コーヒーを飲んでいた。
「ビデオで録画したよ。エルってば本当に格好良いんだから」
「そうでも無いわ」
「あー、また謙遜しちゃって。人気者は辛いねぇ」
『エル』と呼ばれたその少女だけを見れば、先程までハサミ男と戦っていた戦士と同一視する事は不可能である。それだけ、今の彼女は物静かなのだ。
「一応、あのハサミ男のデータは採っておいたけど…復習に使う?」
「ううん、今日は遠慮しておくね」
「そうよねぇ。あいつヘナチョコだったもんねぇ」
そう言うなり白衣の少女は、手にしていたそのCD-ROMを機材にセットし、上から音楽を録画した。音楽といっても、ただの音楽ではない。ドイツ発信のテクノミュージックだ。ちなみにそれは、この白衣の少女の趣味である。
「ニコ、私にもコーヒーを淹れてもらえる?」
「ん、分かった」
この白衣の少女の名前はニコ、つまりこの研究所の最高責任者だ。彼女はイスから立ち上がる事もなく、奥の部屋に向かってこう言った。
「アルー! エルにコーヒー淹れてあげてー!」
まもなく、カップを1つお盆に載せて、1人の少年がやって来た。どうやら、この少年の名前がアルのようだ。
「どうぞ」
「ありがとう。でも、あなたも嫌なら、無理しなくても良いのよ?」
「雇用主に嫌われたくないので」
そう答える彼の顔は、どこか悲しげだった。

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