第2話
『女学院に侵入☆ついでに彼女GET大作戦』――
それが、良君の考えた作戦だ。詳細は読んで字の如く、近くにある女学院へわざわざ侵入、そしてそれを機に彼女を作ろう、というもの。出来る限り反対はしたけど、結局僕もその一員に加わる事となった。詳しい経緯については、第1話を熟読して欲しい。あの真っ赤に燃える夕陽の中で、僕たちが団結した次の日――
「よし、全員いるな?」
僕とシンゴ君を連れて、良君はイスに座った。ここは高校の図書室だ。この図書室の規模は京都、いや日本有数の広さだと、入学説明会の時に言われた記憶がある。確かに広い。でも広過ぎる。この学校の偏差値の割に、本の種類だけは豊富だ。どうしてこんなに大きくする必要があったのだろうか。僕にはどう考えても、ここの生徒が図書室を利用するとは思えない。
それにしても、あまりに広すぎる。普通教室の十数倍はあるよ…。もしかしたらこの規模、僕らの想像以上に無駄なのかも知れない。
「てかここ、無駄に広いなぁ〜!」
シンゴ君が大声を出す。やっぱり皆思っていたんだ。
「おい、シンゴ、あまり大声を出すな。」
良君のその一言に、シンゴ君は食いついた。
「?何でだよ?」
「『何で』て…ここ、図書室だよ?」
そう。いくら無駄なスペースに満ち満ちていても、あくまでここは図書室なのだ。世界で最も静かな場所はどこかと尋ねられれば、皆図書室と言うほどの認知率だ。それを知っていながら大騒ぎが出来る人間は、そうはいない。
「大丈夫、大丈夫!こんだけ大きけりゃ、途中で掻き消される。」
ここに1人いたけれど。
「そんなの有り得ないよ、シンゴ君(汗)。」
彼には早く、世の中の常識を覚えさせる必要があると思う。
「大体、誰がここ使うって言うんだ?それに今、俺たちの他に誰がいるんだよ?」
シンゴ君はそう騒ぎながら、辺りを見回した。それに見習って僕らも、周囲を見渡してみた。確かに、誰1人いない。
「な?」
「…。会議を始めるぞ。」
これ以上この話題を引っ張るのが辛くなったのか、良君は話を逸らした。
「まずは…これが周辺地図だ。」
そう言って良君は、机に地図を広げた。少し古びた感じがするのは、誰も使っていないからかな?
「おお!?ナイスだ、良!」
「今俺たちはここ、スターライト高校にいる。」
シンゴ君の言葉には耳も貸さず、良君は地図のとある一部を指差した。そこには紛れも無く『スターライト高校』という文字が書かれていた。
「日本有数の、最底辺の学生の最後の理想郷だ。」
この学校は、今から2,30年前に設立された高校で、名前は…『スターライト高校』と言う。凄くダサい名前なので、なるべく口に出したくない。いや、思い出したくも無い。何でも設立者(現在の理事長だけど)が『落ちこぼれにも星ほどの光を』をモットーにして設立した学校で、その下衆至上主義は日本屈指である。例えば、この高校に入学するには一風変わった試験があり、成績が悪ければ悪いほど入学出来る仕様となっている。僕も…こう見えて成績が悪かったから、ここにいるんだけどね(泣)。
「そして…ここから徒歩20分ほどの場所に目的地、優盟女学院がある。」
「ふむふむ。」
優盟女学院…それが目的の女学校の名前。格好良い名前だと思う。どういう名前の由来なのかは分からないけど、全ての面において、この学校とは雲泥の差だ。『図書室の規模』という項目はこの際置いといて。
「この2つの場所をつなぐ道は、大通りを通る道と、住宅地を通る道、そして山の中を通る道、この3つだ。」
「そうだね。」
「基本的に目立つ事は避けたいので、俺としてはこの山道を推薦だな。」
そう言って良君は、この学校と女学院をつなぐ点線を、指でゆっくりとなぞった。確かに見た事の無い道だけど、
「侵入する時点で、十分目立つよね?」
「水鏡、言葉を慎め。」
「ご、ゴメン…(汗)。」
う…何だか良君、目が本気だ…。
「シンゴ、水鏡、この道をよく覚えろよ。」
「ういっす!」
「うん。」
場所はこの学校の裏へ回ったところだ。よく通る廊下の隣なので、すぐ分かる。
「さて…いよいよ本題へと入る。」
その言葉を聞いてシンゴ君は、机の上に新たな地図を広げた。待っていましたと言わんばかりに広げられた新しい地図は、先程の古ぼけた地図の上に被せられた。
「ほらよ、用意してやったぜ、良!」
「ご苦労。」
「…。これは、何?」
僕は怪しいものを見るかのような目つきで、その新たな地図を見つめた。どこかの学校の校内地図のようだけど、明らかにこの学校とは違っていた。するとシンゴ君は自慢げに、
「本屋で見つけてきた本、『嗚呼、優盟女学院』で掲載されていた地図だ!」
「その本すごく胡散臭いんだけど…シンゴ君、まさか騙されたんじゃないの?」
「何言っているんだ!ホラ、見ろ!」
そう言ってシンゴ君が見せてきたその地図は、確かにそれらしい構造をしていた。何度か女学院の横を通った事があるけれど、この地図は確かにその様子を描いていたのだ。
「確かに、この部分にはでっぱりがある。」
「この変わった敷地面積…確かに本物だ。」
「だろぉ?!」
自信満々に叫ぶシンゴ君を見て、僕は『久し振りにまともな仕事をしたなぁ』と思った。
「よし。これは俺たちの、参考資料としての共用物とする。」
僕たち3人はしばらくの間、その地図に見とれていた。やっぱり侵入となると、一筋縄じゃいかないに違いない。『日本屈指のお嬢様学校』の名に恥じないぐらい強い警備隊とか、普通にいるのだろう。しばらく無言の続いた僕らだったが、不意に良君はシンゴ君に語りかけた。
「なぁ、シンゴ。やはりここの学校には、可愛い女の子がいっぱいいるのか?」
「何を今更、野暮な事を…。」
ふぅ、とため息をつく。
「ま、ピンからキリまでだ。優盟女学院は知っての通り、『日本屈指のお嬢様学校』だ。そこには日本中から、何十もの検定試験に合格した才女、現在活躍するアイドルや芸能人、金の力で入る社長令嬢、何かに秀でている変わり者など、様々な『頂点』に立つ娘ばかり集められているのだ!」
女学院のパンフを読みながら、シンゴ君は叫ぶ。
「おぉ!」
そして良君は目を輝かせる。
「よって、顔とは一生無関係そうなブ女もいるらしいが、やはりアイドルはトビキリの可愛さとの情報も得ている!」
どこかから入手したと思われるメモを読みながら、シンゴ君は興奮する。
「おおぉ!」
そして良君は一層目を輝かせる。
「しかも基本的に小学生からの一貫教育を掲げているため、男に飢えている!」
勝手な妄想を織り交ぜながら、シンゴ君は煽っていく。
「おおおぉ!」
そして良君は軽く騙される。
「今こそ俺たちの時代だ!!」
シンゴ君、シャウト!
「俺たちの時代だ!」
コール・アンド・レスポンス!
「はっはっはっは…!!」
二人が大笑いする。
「…。」
やっぱり怖い(泣)。当事者でもこんなに怖いのだから、傍から見ればただの危ない人にしか見えないのだろう。彼らの友人として、何だか恥ずかしくなってきた。
「それで良、計画は?」
「もちろん、決まった。」
二つ返事で答える良君に、僕は脈拍数が急増した。
「え、それはちょっと早過ぎない?」
「案ずるな、水鏡。俺の計画に狂いは無い。」
ビッと指を指すその先には、女学院の裏門が描かれていた。
「その名も『裏門からコッソリ侵入☆即彼女GET大作戦』!」
「いよぉっしゃぁぁ!」
「……。」
二人のやかましい騒ぎ声の中、僕は気を落ち着かせていた。…うそ?裏門にだって警備員はいるでしょ。いるよね?これじゃ正門から突入するのと、何一つ変わらない気がする。その前に良君、そういう情報をよそから集める気は無いのかな?
「お前…最高の親友だぜ!!」
そう叫びながら肩を組み、大声で笑う2人を、僕は急いで制しようとしたが、彼らは聞く耳を持たない。
「それで、いつ決行だ?!」
シンゴ君の質問に、良君は不気味な笑みを浮かべると、
「たった今だ。」
「到着してしまったー!?」
僕の意見なんか何1つ聞かず、僕は彼らに半強制的に連行されてしまったのだ。目の前には女学院の裏門の姿が見えた。
「おい、水鏡、うるさいぞ!!」
怖い目つきをした良君に、本気で怒られた。僕はこんなところで人生を狂わせたくない。
「ダメだって!絶対バレるよ!大体こんな急ごしらえの作戦、上手くいく筈が無いんだってば!」
「おい、良。水鏡が何か言っているぞ?」
「多分、気合を入れようとしているのだろう。」
「なるへそぉ。」
ここまで言っているのに2人は、僕の言う事を全く理解していない。もう頭の中には、彼女を手に入れた自分の学園生活を思い描いているに違いない。
「よし水鏡、とうとう俺たちの彼女いない歴が止まる日が来たようだ。」
「いや、だからその前に――!」
「さんざんバカやってきた俺たちだが、この作戦、絶対に成功させるぞ!」
「静かに!!」
その時良君は、僕たち2人の口を無理矢理抑えた。
「どうした、良?」
「あそこを歩いている警備員が見えなくなったら、作戦決行だ。良いな?」
「よし、分かった。」
早く彼らを止めなければ、彼らの人生が危ない。
「カウントダウン、10秒前…。」
どう考えても、これは計画ミスだ。普通表から入れないから、裏にも警備員を配置するのが一般常識だ。目の前の甘い罠にかかって、良君は普段のような鋭さが完全に失われていた。
「2…。」
てか良君、若干カウントダウンが早すぎる!
「0!」
「行くぜぇ!」
目にも止まらぬ速さで、2人が裏門めがけて走り出した。彼らの服を掴んでいた僕の両手は、その速さに対応出来ず、手が離れてしまった。それでも僕は彼らを止めるべく、草むらの中から叫び声を上げた。
「戻って来てぇぇぇ!」
僕のその声に気付いたらしく、2人は急に立ち止まり、僕に向かってガッツポーズを見せた。
「おう、任せとけ、水鏡!」
「お前の分まで、頑張るからな!」
結局僕の真剣な想いは、彼らに一切届かなかった。
「あぁ、もう知らない!僕は隠れているから!」
大慌てで僕は、近くの茂みへと隠れた。ここなら2人の様子を見る事が出来る。茂みの隙間から顔を出しながら2人の様子を見る事しか、その時の僕に出来る事は無かった。 |