繁華街から少し離れたところに、その研究所は存在する。『ニコ魔術研究所』…それは、悪事を働く遺伝子組換え人間・キメラに対抗するために作られた、特殊研究施設だ。
ひとたび敵が現われれば、ここぞとばかりに張り切る彼ら。だが、敵がいなければ失業者も同然である。
「ふぅ…」
休憩室のソファで、エルは一息ついた。その膝には、点字で書かれた本が置かれていた。
「コーヒー、ここに置きますよ」
そう言ってアルは、そばのテーブルにカップを置いた。彼の視線は、エルの本に向いている。
「やっぱり点字ってしんどいですか?」
「生まれた頃からこれなので、もう慣れっこです」
暇人なのは所員兼小間使いのアルも同じだ。彼もソファに腰を下ろした。
「勝手に休んだりしたら、ニコに怒られちゃうわよ?」
「大丈夫です。博士は今、部屋でメカいじりしてますから」
「大好きなのね、ロボットが」
「本人は『使い魔だ』って言い張ってますけどね」
そう言ってアルはちらりと、壁にいくつも掛けられた表彰状を見た。どれも持ち主はニコであり、どれも名義は『機械工学』だった。
「若干10代で博士号3つの天才か…」
「お陰でここの所長に選ばれたんですって。偉い子ね」
「工学を魔術と呼ばなけりゃ、ですよ」
ちょうどその時、ニコの部屋の扉が、勢い良く開かれた。
「出来たわよ! 時速200キロでボールを射出する『野球怪物平成君』が!」
小脇に抱えられた発明品は、誰が見ても巨大なライフル銃だった。もちろん引き金もついている。
「アル! 早速試運転よ! 早くバットを持って外へ出なさい!」
自信作なのか、彼女は満足そうな笑顔で、表へ飛び出していった。アルは苦笑した。
「この間、暇つぶしに付き合った野球で負けたのが、相当悔しいらしいんですよ。説得してください。このままじゃ、僕の体がもちません」
「それくらいの打たれ強さが無くちゃ、ここで働けませんよ?」
あくまでも優しく、それでいてはっきりとエルは言い切った。止める気0である。それを感じ取り、研究所一の小間使いは諦めた顔をした。
「バントで頑張ってきます」

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