『蜘蛛の子を散らす』とは、まさにこの事だろう。まるで映画のワンシーンのように、白昼の街中で、人々は逃げ回っていた。
「フッハッハッハ……! 逃げ回っているんじゃねーぞ、愚民どもぉ!」
叫ぶ男の右手は、カニのハサミで出来ていた。彼はそばの電柱まで駆け寄ると、そのハサミを豪快に振り回す。腕と一体化したハサミは、まるで人間の手のように器用に動き、それでいて鋭かった。ものの数秒もすれば、真っ二つにされた電柱は、自らの重みで崩れてしまったのだ。
「このハサミのエサになるのは、どこのどいつだぁ?!」
男は上機嫌に笑いながら、辺りをキョロキョロ眺め始めた。そして男は見つけてしまった。運悪く転んでしまい、人の群れからはぐれた女の子の姿を。
「よぉし! お前に決めたぁ!」
笑いながら迫ってくる男と目を合わせてしまい、少女は動きを止めてしまった。迫り来る恐怖を目の当たりにし、体に力が入らなくなってしまったのだ。そしてついに、男のハサミが彼女を切り裂こうとした、まさにその時――!
「!」
こめかみを狙った突然のストレートに、男の体は宙を舞った。
「うおぉ?!」
あまりの不意打ちに、男は対処のしようが無かった。気付いたときには自分の体が、コンクリートに叩きつけられていた。ただ、さらなる追撃を受けまいと、咄嗟に体勢を直したのはさすがである。
「ひ、卑怯だぞ! いつもならビルの屋上から、颯爽と登場しているじゃないか!」
「あら? 極悪人丸出しの人が『卑怯』なんて言っても、説得力無いわよ、ハサミ男さん?」
まだ足のすくむ女の子を抱きかかえたのは、全身を覆う鎧に身を纏った少女だった。それは特注品なのか、我々の考える『鎧』とは少し形が違っていた。
顔のほぼ全てを覆う面をかぶりながら、しかしロングヘアーはいつも通り背後から出ている。さらさらと揺れる黒髪が、優雅さを際立たせている。


「雷鳴の申し子、エルミナス参上!!」

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