じげんばくだん




「さて、これからこのT-FU02型時限爆弾の解除にとりかかる。」
黒々とした金属の塊を目前にして、2人の男は緊張した顔を隠せずにいた。
「先輩、さすがに緊張しますね。」
「少なくとも君が緊張しているとは、とても思えないがな。」
後輩の言葉に耳など貸す素振りも見せず、先輩と呼ばれた男は1つのニッパーを後輩に手渡した。
「この爆弾は非常に単純な仕掛けだ。俺の言うとおりにすれば、間違う事無く解除出来る。分かったな?」
「先輩、自信がありません。」
「まずは静かに蓋をはずせ。」
後輩の言葉に耳を貸さないこの男は、まず表面の四角い箱をどけさせた。モノクロな表面に対抗するかのように、中からはカラフルな配線が姿を現した。
「わぁ、きれいな色ですね!」
「次にそのネジとネジの間にストッパーを挟め。」
後輩の言葉を聞かない男は、絶縁体で出来たストッパーをはめさせ、タイマーへの電圧を下げさせた。これで少しだけだが安心できる。
「そこに赤と青の配線があるのが見えるか?」
作業を行う若者が言われた場所を眺めると、緑や黄色の配線と一緒に、2つの配線を見つけた。
「あります、あります!赤と青の配線です!」
「他の配線はダミーで、この物体を時限爆弾たらしめているのが、これらの配線だ。その2つのうち、赤い配線を切断すれば、時限爆弾は機能を止める。」
いつの間にか作業は最後の工程に入ったらしく、後はもう配線を1つ切るだけだった。
「それにしても、本当に簡単ですね!もしかして俺、天才時限爆弾解除人かも?!」
「赤い配線を切りなさい。」
「この俺に解除できない爆弾なんて、無いかも知れませんね、先輩?!」
「切りなさい。」
「……はい(泣)。」
若者の言葉が思わず途切れてしまうほど、男の目は血走っていた。この男は公私共に真面目なので、常にテンションが一定しているこの若者が、本当は苦手だ。
「でも先輩!『赤か青か』なんて選選択肢、本当にあったんですね?!」
「切りなさい。」
この男、本当に彼が苦手なのだ。いよいよ若者が赤い配線を切ろうとした瞬間、ニッパーを握るその右手をふと止めてしまった。そしてそのまま男の方へ振り返り、こう口にした。
「でも先輩、本当にこれ、赤で合っていますか?」
この発言に、男は内心ムッとした。
「合っている。このT-FU02型時限爆弾は、赤の配線を切れば止まる。ごちゃごちゃ言っていないで、早く切りなさい。」
「でも先輩、配線なんて製作者が勝手に決められるじゃないですか。本当に赤で良いんですか?むしろ犯人は、それを見越して配線をすり替えたのかも知れませんよ?」
「……。」
若者の言葉に、心の中で、男は焦りだした。先程までの堂々とした態度とは打って変わって、目線がキョロキョロし始めた。彼は今までにいくつもの時限爆弾を解除した、プロの解除人だ。この系統の爆弾はいつも赤い配線が正解だったため、彼はそれで過ごしていた。しかしこの後輩の言うとおり、それを犯人が手玉に取ったとすれば、切るべき配線は青になる。
「先輩、どうします?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ…。」
ますます慌てる男を尻目に、後輩は目線を2つの配線へ向けた。片方は本物で、もう片方は間違いだ、その事実に間違いは無い。
「さぁ!どうしますか、先輩!!」
「あ…青だ!!」
男のその言葉を聞いて、若者は威勢よく青の配線をニッパーで切り落とした。そして配線が重力によってダラリと垂れ下がった瞬間だった。


『間違い間違い間違い間違い間違い間違い間違い間違い間違い間違い間違い――!!!』


けたたましいサイレンと共に、爆弾から小さな花火があがった。突然の出来事に呆気に取られる男を放っておいて、若者は1つため息をついた。彼は作業服を脱ぎ、傍らにかけていたスーツに袖を通し、ネクタイを締めた。そしてどこからか数枚の紙切れとペンを手にした姿で、男の前へやって来た。
「大林さん…腕は確かなのに、どうしてもプレッシャーに弱いねぇ…。」
「す、すみません…。」
先程の彼らの態度とは一転して、男の姿は非常に小さく見えた。後輩役だった若き上司は審査表にチェックを入れながら、男の得点を叩き出した。
「これだから君、いつまで経ってもこの学校から卒業できないんだよ?もうそろそろ自分に自信を持って貰えないかな?…今回の実習試験は35点、不合格。また来月頑張りなさい。」
いくつかの文句を挟みながら上司は男に、『不合格』と書かれた紙切れを渡した。うなだれる男に向かって、上司は一言付け足した。
「大体君、何度も同じ試験を受けているからって、色で判別するのはやめて貰えないかな?試験だから良いものの、これが本物の爆弾だったら、今頃体はバラバラじゃないか。まぁ尤も、色を分かっているのに毎回僕のプレッシャーに負けてちゃ、意味が無いけどね。」

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