モラトリアムに包まれて




モラトリアム【moratorium】
@債務者の破綻が経済界に大打撃を与えることが予想される場合、法令により一定期間、債務の履行を延期する措置。支払猶予。支払延期。
A差し当たり実施を中止すること。棚上げすること。多く、核実験の一方的停止や原子力発電所の設置禁止措置についていう。「原発―」
B人間が成長して、なお社会的義務の遂行される期間。また、その猶予にとどまろうとする心理状態。エリクソンが提唱。「―人間」
(広辞苑 第五版)


窓は全開。空はきれいな晴れ。
煙草を吹かしながら、青シャツの男は外を眺める。
大人とは言えない青年が、煙草を吹かしていた。
「煙草なんか吸うなよ。」
背後から、その男の友人の声が聞こえる。
その友人もまた、青年だ。
「お前、まだ二十歳じゃねぇだろ。」
「いいだろ。二十歳まで、もう一年も無いんだし。」
そう言ってまた男は、煙草を口にくわえた。
「青年時からの喫煙はやめとけよ。学生の頃、やたら言われてただろ。」
「なぁ…お前、大学の方はどうだ?」
友人の小言が始まるのを感じ取ったのか、男は話を逸らした。
「ん?あぁ、まあ順調っちゃぁ順調だな。」
「そうか…。」
男は旨そうに、煙草の煙をゆっくりと吐いた。男の思惑通り、話はそこで途切れた。


男が男なら、友人もまた友人だった。


「おい。」
冷蔵庫に顔を突っ込んだ友人が、半ば怒った声で男を呼ぶ。
「お前、冷蔵庫の中、期限切れたもんしか無えぞ?」
「嘘、マジで?」
男も冷蔵庫に顔を突っ込んだ。
「マジかよ〜…くっそー…。」
それらで食事を賄うつもりだったらしく、男はたいそう悔しがった。


それでも男はこの後も、その冷蔵庫以外のもので食事は摂っていない。


「あ、そうだ。」
思い出したように、男は呟いた。
「なぁ、吉田がお前に用があるって…。」
「吉田が?」
「『早く金返せ!』」てさ。」
「あー…そういや借りてた。」
顔色一つ変えず、友人は答える。
「返してやれよ。あいつケータイ使い過ぎで、金無えんだからよ。」
期限の切れたジュースが、男の喉を潤わせていく。
「悪ぃ。」
あまり悪びれた様子は無い。
「俺に言うなよ。」
煙草を灰皿の中で、グシャグシャと潰す。
先程まで熱を帯びていた灰色が、瞬く間に冷めた灰へと変化していく。
「色んな期限が切れちまったな…。」
「ここ最近、怠けてたからな…。」
「モラトリアムの終了、か…。」
「そ。モラトリアムの終了。」
二人は納得するように、幾度も頷いた。


そして二人は大人になっていく――

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