一度だけ君にわがままを




大都会の中、優雅に一人暮らし。
と聞けば、ワクワクする人もいるかもしれません。
しかし僕に限って言えば、そうでもありません。
給料は低く、贅沢は出来ません。
住む部屋は寂れた、ほの暗いアパートの一室。
正直な所、ここはキレイでも無く、設備もまともに備わっていません。
これ以上給料が下がれば僕は、ここから逃げ出してしまうでしょう。
それでもそんな事をしないと自分で思うのは、彼女がいたおかげだと――
「ねぇ、まだ仕事終わらないの?」
その彼女が堪りかねたように、横から話しかけてきた。
「明日までに終わらせなくてはいけませんからね。」
「えー?私、つまんなーい!」
膨れっ面を見せる彼女は、そのまま布団に転がってしまった。
「…仕方ありませんよ。」
自分に言い聞かせながら、僕はパソコンの画面を見つめ続けた。
<カタカタ…カタカタ…>
キーを打つ音が、部屋中に響き渡る。
正直な所、うるさいと思えるほどに。
<カタカタ…カタカタ…>
「ねぇ。」
「何ですか?」
「じゃんけんしよ。」
「じゃんけんしているヒマはありません。」
「いいじゃない。しよっ。」
何故か食い下がる彼女。それでも僕は無視を続けた。
「先に仕事を済ませてから――」
無視を続けた。
「じゃーんけーん」
「ほいっ!!」
…無視出来なかった。
僕はグー、彼女はパーだ。
「やったぁ!!」
子供のようにはしゃぎ回る彼女に、僕は呆けていた。
「おめでと、おめでと。」
褒める言葉に、心がこもっていない。
「それじゃ、じゃんけんに負けた方が、勝った方の言う事を聞く事ね!」
「えっ?」
「それでいい?」
「よ、よくありませんよ!」
「どうして?」
「そういう事はじゃんけんをする前に言う事であって、勝負した後に罰を決めると言うのは、いけませんよ。」
あまりにも理不尽だ。とは言うものの、ここまで否定する自分もどうかと思いますが。
「いいのかな〜?そんな事言って〜?」
「な、何がですか?」
「今日は私の誕生日なのに、忘れちゃったのかな〜?」
ニコリと笑う彼女。危ない。何か考えている目ですね。
「も、もちろん覚えていますよ!」
その場を取り繕う嘘、簡単に言えるようになってしまった、哀しい午前零時過ぎ。
「それじゃ、一つだけお願いがあるの。」
こういう時人は、何があるのだろうかと要らぬ心配さえたくさん抱え込み、複雑な緊張感を抱えてしまうものです。現に僕も、彼女の口から発せられるであろう命令に怯え、震え、涙さえ浮かべる事が無いとは、無きにしも非ずなのです。そもそも彼女は普段からも、僕によくお願いをするのです。例えば彼女の服代。ただでさえ僕の給料は低いのに、彼女は僕から買ってもらうのを期待するのです。他には飲食代。街へ出かけたときのお金は、大抵僕が払うのです。まあそれも女の子だから致し方無いのかも知れません。
「普段から、まともな服着て。」
それを差し置いても、彼女の僕に対する扱いには些か不満があるのです。初めて出会ったのは、大学で同じ講義に出席した事でした。その時点でその事に気付かなかった僕もどうかと思いますが、彼女はほとんど講義には出ずに、普段から友人に名前だけ付けてもらっていたそうです。確かにあの講義で出席の確認は名前だけですが、それにしても毎日となると、さすがに不思議と言うか、やる気に問題があると言うか、とにかく不思議な人でしたね。え?彼女の名前は何か、ですか?そういえば言っていませんでしたね。…ハハッ、恥ずかしいですね、彼女の名前を改めて言うなんて…。彼女の名前はですね、実は――って、え??
「…今、何と…?」
「だから、普段からまともな服を着てって言ったの。」
「…ジャージでは、ダメなのですか?」
「ダメって言うよりも、私の方が恥ずかしい、てタイプ。」
…そうなのですか。ジャージはダメ…へぇ…。
「分かりました。これからは気をつけましょう。」
「ふぅ、良かった。」
「それでは、それが誕生日プレゼントという事で――」
「どうしてそうなるのー?!それはそれ!これはこれ!」
「…分かりました。(泣」


致し方無いですよ。今日は彼女の誕生日なのですから…。

戻る